日々の泡

ひとの本質

先日ツイッターのフォロワーの方の呟きを見て、朝から涙ぐんでしまった。

先週、二人目のお子さんを無事出産されたのだが、生まれてすぐの検査でダウン症の疑いを告げられたとのこと。精密検査はこれからだが、確率はかなり高いのだそうだ。

命がけの大仕事をして、本来ならば喜びのまっただ中にいるはずのお母さんが嘆き悲しんでいる。障害児を持たない私では、かける言葉も見つからなかった。

どんな子でも生まれてきた意味があるし、健常者とか障害者とか、そんな区分けはその子の存在価値においてなんの意味もないのだけれど、現実問題として差別や偏見といった苦難が待ち構えているだろうということは想像ができる。

自分だったらどうだっただうか。たぶん同じように嘆き悲しんだと思う。何がいけなかったんだろうとか、自分を責める言葉を探し続けたかもしれない。

もしも日本が、どんな障害を負って産まれてきても、または人生の途中で障害を負ったとしても生きやすい世の中だったらそこまで嘆かなくてもすんだのかもしれないなと思うが、そうでなくても生きづらい世の中になってしまっている現実、ハンディキャップを持った人がハンデを感じにくい世の中にしていかなくてはならないなと強く思う。

そんな世の中だったら、どんな人でもそれぞれの価値を認めあい、上手に住み分けができるようになるのではないかな。

少なくとも自分の子どもたちには、多種多様な価値観を持ち、障害があるとかないとかではなくて、もっと本質のところで人と付き合えるような人間になってほしいと思う。
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by kahohime | 2013-12-20 08:19 | あれこれ、思うこと
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アロマカウンセラーの日々のつぶやき。毎日の暮らしを楽しみたい。
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